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東京高等裁判所 昭和37年(う)102号 判決 1964年1月21日

控訴人 原審検察官

被告人 志田高 外一名

弁護人 桝井雅生 外一名

検察官 磯山利雄

主文

原判決中被告人志田高、同土志田猛に関する部分を破棄する。

被告人志田高、同土志田猛の両名を各懲役一年に処する。

被告人両名に対し、本裁判確定の日より四年間右各刑の執行を猶予する。

横浜地方法務局川和出張所保管横浜市港北区東本郷町字南耕地四七〇番外二個所所在山林合計三筆五反三畝二四歩に関する所有権移転登記申請書の偽造分、押収の印鑑証明願(昭和三七年押第四〇号の二の一部)、志田金蔵名義の委任状二通(同押号の一の一部と二の一部)を没収する。

理由

本件控訴の趣意は検察官八木胖の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

一、検察官の控訴趣意第一点の所論は、原判決が本件公訴にかかる訴因中偽造委任状の行使と、家督相続による登記簿原本不実記載の二点について、無罪の言渡をしたのは、事実誤認および法令の解釈を誤つたものである、と主張するので、記録を検討して勘案するのに、

1  まづ、原判決が右偽造委任状行使の点を無罪とした論拠は、委任状というものは委任者が受任者に対して一定の事項の処理を委任すべき旨を記載して、受任者に交付する書面であるから他人名義の委任状を偽造して、これを受任者に交付した場合は偽造私文書行使罪が成立するが、受任者が更にこれを第三者に交付しても、偽造者について右第三者に対する関係において偽造私文書行使罪は成立しないというものである。

しかしながら偽造文書の行使罪は偽造の文書を真正に成立した文書として、その文書の用法に従つて使用する罪であることはいうまでもない。ところで不動産登記手続に必要な委任状の用法、すなわち使用目的は何かといえば、代理人によつて登記申請をするにつき、その代理人に対し登記申請に関する一切のことを委任したという事実、いい換えれば代理人の委任事務処理の権限を、登記係員に証明するためのものである。不動産登記法第三五条は、登記申請に必要な書面として、「代理人ニ依リ登記ヲ申請スルトキハ其権限ヲ証スル書面」を必要としている。すなわち、司法書士を代理人として登記申請をする場合はその司法書士に登記申請に関する件を委任した旨の委任状の添附を要求しているのである。この要求を充たすために登記申請書に添附して司法書士に対する委任状を登記係員に提出する訳である。

原判決は委任状というものを極めて抽象的に定義ずけて、委任事項を記載して受任者に交付する書面であり、受任者以外の第三者に意思を表明するものでない、と説明しているけれども登記申請に必要な委任状は、司法書士に対し委任の意思を表明することを目的とする書面でもなければ、司法書士に対しその事実を証明するためのものでもない。司法書士に対し登記申請の件を委任した事実を登記係員に証明することを目的とする書面である。したがつて検察官も指摘するとおり、実際の取扱いにおいてもまた本件においてもその例外ではないが、委任者が自ら委任状を作成して、これを司法書士に交付するというやり方をしないで、司法書士に依頼して、司法書士のところにある用紙を使用して、司法書士の手で委任状を作成して貰い、同人から他の所要書類と一括してこれを登記係員に提出させるのである。この場合司法書士に対しては口頭で委任の意思を表明すれば足りるのであつて、委任状は登記係員に提出するために作成して貰うのである。したがつて情を知らない司法書士に他人名義を冒用して委任状を作成させ、これを登記係員に提出させれば、委任状の偽造と、これをその文書の用法に従つて使用したものとして偽造私文書の行使罪の成立することは明かである。偽造委任状を司法書士を介し登記係員に提出してもその行使罪が成立しないとした原判決は正に法律の解釈を誤つたものである。

2  次に、原判決は、志田初五郎が死亡して、志田金蔵が家督相続により本件土地の所有権を取得した事実に相違ないのであるから、被告人らが法務局係員をして登記簿原本にその旨の記載をさせても、公正証書原本不実記載罪は成立しない、というのであるが、被告人らは志田金蔵が家督相続により取得した本件土地を擅に他に売却する手続を採つて金員を騙取しようとしたものである。そして右売却の登記手続を採る前提として、志田金蔵の家督相続による所有権移転登記手続が未だしてなかつたところから、右申請に必要な同人名義の司法書士草野善太に対する委任状を偽造して、これを真正なものの如く装い登記係員に提出して、志田金蔵の家督相続による所有権移転登記を受けたものである。右のように志田金蔵名義の登記申請そのものが虚偽であり、右申請書に添附された同人名義の委任状も偽造である。若し登記係員がこの虚偽、偽造の事実を知れば当然その登記申請を拒否することは当然である。これは登記簿ないし登記制度の公信性からいつて極めて明瞭なことである。したがつて登記係員に対し偽造の文書を添附して虚偽の申請をなし、これを欺罔して登記簿原本にその申請とおりの記載をなさしめたときは、仮にその記載内容自体は、実際の権利法律関係と相違するところがなくても、なお登記簿原本に不実の記載をなさしめたものとして、公正証書原本不実記載罪の成立を妨げないものと解すべきである。正にこれと異る見解に立つて被告人らに無罪を言渡した原判決は法律の解釈を誤つたものといわなければならない。

以上の如く、原判決は被告人志田高、同土志田猛の両名に対する偽造委任状の行使および登記簿原本不実記載の各訴因について、法律の解釈を誤つて無罪の言渡しをしたものであつて、それは右被告人両名に対する判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、検察官のその余の控訴趣意、すなわち、被告人両名に対する原判決の量刑不当を主張する論旨に対する判断を省略して、刑事訴訟法第三九七条第一項第三八〇条により原判決中右被告人両名に関する部分を破棄し、同法第四〇〇条但書により直ちに自判することとする。

(罪となる事実)

第一被告人志田高、同土志田猛の両名は角田裕吉、同仲田晋二、同福田進一外二名と共謀し、被告人志田高の実父志田金蔵がその亡父志田初五郎より家督相続し、その登記簿上の所有名義が初五郎となつていた横浜市港北区小机町字伊勢原三九三番山林九畝十六歩および同所三八六番山林七畝十二歩を擅に他に売却し、その代金名義で金員を騙取しようと企て

一、昭和三十四年七月二十九日頃同市中区山下町一六一番地紅陵経営研究所横浜支所において、情を知らない司法書士草野善太をして、同人方にあつた委任状用紙を使用して、行使の目的をもつて、志田金蔵名義を冒用し、その偽造印を冒捺し、同人が前記土地につき家督相続による所有権移転の登記を横浜地方法務局に申請する一切の件を草野善太に委任する旨の委任状一通を偽造させ、同月三十日同町一一三番地所在横浜地方法務局において、右草野善太を介し、情を知らない同局登記係員に対し、右偽造委任状を他の所要書類と共に提出行使して前記登記申請を為し、係員をして右申請が真正になされるものと誤信させて土地登記簿原本にその旨不実の記載をなさしめ、即時同所に備付けしめて行使し、

二、同月二十九日頃前記紅陵経営研究所横浜支所において、情を知らない前記草野善太をして前同様の委任状用紙を使用して、行使の目的をもつて、志田金蔵名義を冒用し、その偽造印を冒捺し、同人が前記土地を木村喜久代に売却したにつき、売買による所有権移転の登記を横浜地方法務局に申請する一切の件を草野善太に委任する旨の委任状一通を偽造させ、同月三十日前記横浜地方法務局において、情を知らない同局登記係員に対し右草野善太を介し、右偽造委任状を他の所要書類と共に提出行使させて、前記登記申請をなし、同係員をして右申請が真正になされるものと誤信させ、土地登記簿原本にその旨不実の記載をなさしめようとしたが、右申請が虚偽であることを発見されてその目的を遂げず

第二被告人志田高は角田裕吉、仲田晋二、土志田猛、福田進一らとの前記計画に基づき共謀して、昭和三十四年七月二十八日前記川和町所在横浜市港北区役所川和出張所において、志田金造と刻した偽造印を用いて、志田金蔵名義を冒用して港北区長宛昭和三十四年七月二十八日付の印鑑証明願一通を偽造し、これを同所係員に提出して行使し、

第三被告人志田高は、角田裕吉、仲田晋二、土志田猛、福田進一と共謀して、前記計画に基づき昭和三十四年七月三十日頃横浜市港北区南綱島町八八〇番地旅館鶴水こと吉原春吉方において、角田裕吉を志田金蔵の長男と詐称し、志田金蔵が前記山林の売却を承諾しその一切を長男に委せていると嘘を言い、その旨吉原春吉を誤信させて、右代金の手付け金名義で金百五十万円を角田裕吉に交付せしめてこれを騙取したものである。

(証拠の標目)<省略>

(法律の適用)

判示第一の被告人志田高、同土志田猛の各委任状偽造、判示第二の被告人志田高の印鑑証明願偽造の各所為は、刑法第一五九条第一項第六〇条に、右偽造登記申請書、偽造委任状および偽造印鑑証明願各行使の所為は、同法第一六一条第一項第一五九条第一項第六〇条に、また、判示第一の被告人志田高、同土志田猛の各登記簿原本不実記載の所為は、同法第一五七条第一項第六〇条、その行使の所為は同法第一五八条第一項第一五七条第一項第六〇条に、右被告人両名の登記簿原本不実記載未遂の所為は、同法第一五七条第三項第一項第六〇条に、また、判示第三の志田高の詐欺の所為は同法第二四六条第一項第六〇条に、それぞれ該当する。そして右私文書偽造とその行使、登記簿原本不実記載とその行使とは、それぞれ手段結果の関係にあるから、同法第五四条第一項後段第一〇条によつて、それぞれ各行使罪の刑に従つて処断する。以上被告人両名の各罪は刑法第四五条前段の併合罪であるので第一五七条第一項の所定刑中懲役刑を選択し、同法第四七条第一〇条による併合罪の加重をした刑期範囲内において量刑処断することとなる。

よつて、被告人両名に対する量刑について勘案するのに、本件各犯行は、被告人志田高が実父志田金蔵に無断で、その所有山林を他に売買して金員を獲得しようとしたことが発端をなしていることは記録上明瞭なところである。この意味において、考え方によつては同被告人の責任が最も重いともいい得るのである。しかしながら、同被告人はその平素の行状生活態度に放縦なところがあり、昔気質の父親金蔵と意見が合わず、父子間の感情のもつれ反撥が同被告人をして右に述べたような不心得をなさしめたのである。したがつて父親金蔵は同被告人の非行を看過し得ないとして、本件について捜査官憲に対し告訴の手続までとつたのである。しかし同人も冷静に考え本人が心より非を悟つて改悛を誓う以上、これを刑余の人とするまでその責任を追及するには忍び難いとして、自ら本件詐欺被害者に対して被害金の弁償をして同被告人のために善処しているのであつて、当裁判所としても、これまでこのような過ちなく今日に至つた同被告人に対しては一度だけその刑の執行を猶予して再起更生の機会を与えるのを相当と考えるので、量刑については原審の科刑をそのまま維持することとする。

次に被告人土志田猛について、同人が不動産取引の業務に従事しながら、本件の如き不動産にからむ不正事犯に介入した責任は決して軽視し得ない。しかし同被告人もまた前科がなく、折角これまで真面目にその生業に励んできたものである。同人が本件に連座した動機これに果した役割等を勘案し同被告人に対しても暫く刑の執行を猶予して反省の機会を得させるのを相当と考え、原判決の科刑をそのまま維持することとする。

よつて、被告人両名に対し主文第二項記載の如く科刑し、刑の執行猶予につき、刑法第二五条第一項、没収につき刑法第一九条第一項第三号第二号を適用し、当審における訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人両名にこれを負担させないこととして主文のとおり判決した。

(裁判長判事 兼平慶之助 判事 斎藤孝次 判事 関谷六郎)

検察官の控訴趣意

一、事実誤認について

1 原判決は、本件公訴事実中、被告人志田高等が

(一) 横浜地方法務局において、情を知らない草野善太を介し、同局係員に対し、同被告人らが偽造した志田金蔵作成名義、草野善太宛の家督相続による所有権移転登記申請委任状一通を交付して行使したこと(昭和三五年八月一一日付の起訴状第二の(二)前段並びに同年同月二六日付の起訴状第一の(二)前段)

(二) 右同法務局において情を知らない草野善太を介し、同局係員に対し、同被告人らの偽造した志田金蔵作成名義、草野善太宛の売買による所有権移転登記申請委任状一通を交付して行使したこと(昭和三五年八月一一日付の起訴状第三の(二)前段並びに同年同月二六日付の起訴状第二の(二)前段)について何れも犯罪を構成しないとして、無罪の判断を為しているが、その理由として判示するところは、「委任状は、委任者が一定の事項の処理を受任者に一任すべきことを記載して、受任者に交付する書面である。」と一面のみを捉えた委任状の定義を下した後、「従つて他人名義の委任状を偽造し、これを受任者に交付したものは、受任者との関係において、偽造私文書行使罪を構成することは当然である。」とし、更に「しかし、さらばといつて受任者がこの偽造委任状を第三者に交付したときにも、なお、委任者すなわち委任状の偽造者に右第三者に対する関係において、偽造私文書行使罪が成立するものというを得ない。この場合には、偽造私文書行使罪が成立するかどうかは、もつぱら受任者につき、その第三者に対する関係を観察し、受任者がその委任状の偽造たることを知つて第三者に交付した場合に、受任者に偽造私文書行使罪が成立するものと解すべきである。」とし、司法書士等をして法務局に偽造委任状を提出行使させるような場合、委任者から司法書士へ、司法書士から法務局へと二箇の行使罪が成立することがあるような一般論を打ち出し、かかる前提に立つて、具体的な本件偽造委任状行使罪についても「本件を観るに、受任者草野善太が、委任者たる被告人らから、被告人らの偽造した委任状を渡され、これを横浜地方法務局係員に交付したというのであるから、草野善太がその委任状の偽造であることを知つていたとすれば、同人に偽造私文書行使罪の成立すること明らかであるが、起訴状によると草野善太は委任状の偽造であることを知らなかつた、というのであるから、同人に、偽造私文書行使罪が成立する余地はない。-前記被告人らにその草野善太が渡した法務局係員との関係において、偽造私文書行使罪が成立するいわれはない。-ただ、前記のように、被告人らがその偽造した委任状を受任者草野善太に交付した事実をとらえ、これをもつて被告人らに偽造私文書行使罪が成立するというのであるならば、それはまさしくそのとおりである。しかし、本件の起訴は、この事実をとらえるのでなく、被告人らから受取つた草野善太が、更にこれらを法務局係員に交付した事実をとらえ、被告人らに偽造私文書行使罪が成立するというのであるから、このようなことならば、その見解は失当であつて、被告人らの行為は犯罪を構成しない。」というのであるが、この認定判断は本件行使の事実について、右草野が被告人らから偽造委任状を「渡され」、これを右法務局に「交付した」として、被告人ら対右草野、右草野対右法務局の二箇の行使行為を截然と区別して認定しているものであつて、この事実認定は明らかに事実の誤認であり、延いてはこの誤認のため、法令の適用をも誤るにいたつているのである。

2 その理由を述べれば次の如くである。

(一) 先ず原判決は、本件委任状二通は、いずれも被告人らが偽造した上、右草野に手交したように認定しているが、かかる認定の証拠は何等存在せず、寧ろ、原判決の(罪となるべき事実)第三の(一)及び(二)で「紅陵経営研究所横浜支所((註)右草野方)で情を知らない草野善太をして委任状用紙に……記載させ、志田金蔵名下に印鑑を押させて委任状を偽造した。」と認定していることと著しく矛盾するものである。すなわち、原判決が自ら(罪となるべき事実)で一部肯定しているように、本件委任状は、昭和三四年七月二八月頃、被告人らが紅陵経営研究所横浜支所内司法書士草野善太方を訪ねた際、同人が不在であつたので、同所事務員大月俊子に、被告人らがかねて偽造した志田金蔵と刻した印鑑を手渡した上、本件委任状等登記所要書類を草野において作成するように依頼し、右大月俊子よりこの旨を聞いた草野善太が、同日頃自ら「草野善太を代理人と定め、左の権限を委任する」旨印刷してある同事務所備付の委任状用紙に、委任事項として「本件土地につき家督相続による所有権移転の登記」並びに更に「本件土地を木村喜久代に売渡したことにつきその所有権移転の登記」を、それぞれ「横浜地方法務局に申請する一切の件」と記載し、志田金蔵を委任者とし、その名下に前記預り中の偽造印を押捺して、本件委任状の偽造を完成し、同月三〇日頃、そのまま右草野において、他の関係書類とともに、横浜地方法務局に一括行使したものであることは、幾多の証拠によつてその証明十分である(記録第二〇三丁乃至第二〇五丁、第二一二丁、第二二四丁乃至第二二六丁、第三九三丁乃至第四〇二丁、第四二〇丁乃至第四二三丁)。依つて、被告人らが自ら委任状を偽造して右草野に対し行使したと認定すべき何等の証拠がなく、寧ろ、前掲挙示の証拠によつて、被告人ら自らは手を下さず、その情を知らない右草野を間接正犯として利用して、右草野の手元で委任状の偽造を完成させ、これを行使したとみるべきで、事実上の行使の行為は、被告人らが情を知らない右草野をして、右法務局に行使させた行為以外に存しないのである。

(二) 原判決は、「委任状は、委任者が一定の事項の処理を一任する旨記載して受任者に交付されるものであるから、先ず、委任者と受任者との関係において行使罪の成立を認め、ついで委任者の法務局に対する行使罪の成否は、受任者の知情の有無に従つて判断すべきである。」と判示しているが、このことは、前述のように委任状の偽造の行われた経緯を全く看過し、被告人らと右草野との対内的な委任契約関係を単に形式的に観察し、後記のような委任状の本来的機能を全く無視した皮相の見解であつて、若し単にこの対内的委任関係のみを証明するための委任状であるなら、敢えてこれを作成して行使する必要もないわけである。そもそも、本件偽造委任状の本来の使用目的は、証拠によつて明白のように、被告人らにおいて、司法書士草野が右法務局への本件登記申請手続をなすにあたり、同法務局に対し右草野が志田金蔵より正当に委任を受け、その代理として委任者のため登記手続をとる権限のあることを証明するため提出すべく偽造したものである(記録第三九三丁表)。このことは、不動産登記法(第三五条等参照)によつて、形式的審査権の保有にとどまる登記官吏をして、登記事務の要式性、迅速性を確保しつつ、登記簿の記載と実体関係の可及的一致を満足させる一方法として、代理人による登記申請には、他の所要書類とともに委任状(代理権限を証する書面)の提出を不可欠の要件となしていることからも、法務局に対する偽造委任状の行使が必要となつてくるのである。仮りに、原判決を誤認したように、被告人らが情を知らない右草野をして本件委任状を偽造させた行為につき、事実行為としては、被告人らから右草野への行使の行為が存しないが、観念的に行使の行為が考えられるとしても、畢竟するに偽造委任状行使の目的も、被告人らが情を知らない右草野を間接正犯として巧みに利用して、偽造委任状を右法務局に提出行使させ、同局係員を欺罔して、土地登記原簿に所有権取得に関する虚偽の記載をなさしめようとするにある以上、これら一連の行使行為は、被告人らの右の通り意欲した包括的意思の発動に外ならないから、各行為は、その意思発動の伸展する過程に過ぎない。これを各別に観察して、箇々に独立した二箇の偽造委任状行使の行為とみることは、極めて不合理であつて、飽くまで包括的に一箇の偽造委任状行使の行為と観察すべきものである(大判大正四、五、一八、大審刑録二一輯六四五頁参照)。

従つて、仮令公訴事実では、「偽造委任状を偽造たるの情を知らない草野善太を介して右法務局係員に対し、他の関係書類とともに一括行使した」ことのみを取上げていても、この行使行為の前段階の行為で、而もこれと一連の関係にある観念的な行使行為も、当然包括的な一箇の行為として判断すべきものである。

二、法令の解釈適用の誤りについて

原判決は、本件公訴事実中、被告人志田高らが、右法務局において情を知らない草野善太をして、同局係員に対し、志田金蔵が家督相続をしたことにより山林の所有権を取得した旨虚偽の事実を申告させて、同局備付の登記原簿に不実の記載をさせて行使したこと(昭和三五年八月一一日付の起訴状第二の(二)後段並びに同月二六日付の起訴状第一の(二)後段)についても、犯罪を構成しないとして、無罪の判断をし、その理由として、「志田初五郎が既に死亡したこと、前掲山林二筆は同人の所有であつたこと、志田金蔵がその家督を相続したこと、従つて、その山林二筆につき志田金蔵が所有権を所得したことは、全ての証拠によつて認められるところであり、これに反する証拠はない。されば被告人が同法務局係員に申告した事実は真実の事実であつたのであり、虚偽の事実であつたのではないから、被告人らの行為は犯罪を構成しない。」と判示しているが、これは明らかに法令の解釈適用を誤つている。すなわち「刑法第一五七条第一項に所謂『虚偽の申立をなし』若しくは『不実の記載をなさしめ』とは、申立事項若しくは記載事項の内容に虚偽又は不実のある場合のみを指称するものではなくて、例えば登記官吏に対し、他人の代理人であると冒称するなど、申立人に関する虚偽の申立をなして権利義務に関する登記原簿に右他人の申立に係るものとして一定の事項を記載させたような場合をも包含する。」ものであることは、幾多の判例(註)の存するところである。

(註) 申立人に関する虚偽又は不実の申立についての判例(何れも同旨)

(一) 申立人名義の冒用に関するもの 明治四四、五、八、大審判、大審刑録一七輯八一七頁 昭二七、五、二七、東高裁判、高裁刑集五巻五号八六一頁

(二) 代理人名義の冒用に関するもの 昭和二、二、二四大審判、新聞二六六六号、一〇頁 明四一、一二、二一、大審判、大審刑録一四輯一一三六頁 (何れも新判例体系 刑法3、五〇六ノ一二-一五頁参照)

かかる法解釈を前提として、本件を考察するに、本件は志田初五郎所有にかかる本件土地につき、同人が昭和一一年一二月一八日死亡したことにより、志田金蔵が家督相続し、その登記をなさないでいるうちに、被告人らが右金蔵に無断で木村喜久代に売却し、金員を騙取するにあたり、その手段として家督相続による所有権移転登記をなしたものであつて、なるほど家督相続の事実自体については、その内容に何らの虚偽又は不実がないことは事実であるが、しかし、被告人らは右登記の申請にあたり、情を知らざる草野善太を志田金蔵の代理人と冒称して、横浜地方法務局係員に本件事項を申立させ、権利義務に関する土地登記簿原本に右志田金蔵の申立によるものとし、その旨記載させたもので、正しく前記判例のいう申立人に関して、虚偽のある場合に該ること極めて明らかである。故に、家督相続による所有権移転の事実関係が真実であれば、本罪は成立しないかのように解釈適用を誤り、且つその誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであつて、その点においても、刑事訴訟法第三九七条、第三八〇条に則り、到底破棄を免れないものと思料する。

(その余の控訴趣意は省略する)

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